僕にはすぐにわかったんだ。それが春代からの手紙だって……。
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「 ああ、飲み……過ぎた 」
それにしてもまさか、ドミニカがニュージーランドの隣の島じゃなかったとは。
みんなに笑われて、それから卸したてのブルックス・ブラザーズのズボンを……。
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……まあいい。忘れよう。
ほろ酔いにまかせ、気の抜けた儀式のように郵便受けを一瞥する。
どうせ大したものは届いてないんだ。
ピザ屋のチラシがひとり暮らしの会社員にとって重要なものでなければの話だが。
「 あ、これ…… 」
個人的な手紙。この色、この筆跡……差出人の名前はないが間違いない。春代からだ。
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春代は僕と別れる前、大切なことを打ち明ける時にはいつも、このブルーの封筒へ入れて手紙を送ってきた。
心も距離も遠く離れた今と違って、会おうとおもえばすぐに会えたというのに。
当時はもどかしかったが、それは今にして思えば彼女なりの気持ちの整理の付け方だったのだろう。
別れる時もそうだった。
別れる理由とこれからの自分について、どう読んでも読み間違えないほど極めて明瞭に綴ってあった。僕へのさりげない気遣いとともに。
以来、春代と会うこともなかった。
あれから三年になる。手紙はおろか電話やメールを交わしたこともない。
いや、それでいいんだ。いまさら連絡をとって何になる?
それが今になって彼女からとはどういうことなんだろう。酔いも手伝って期待と不安が交代で押し寄せる。
だが、春代の手紙はいかなる時も僕を心配させなかった。たとえ別れる時でさえもだ。その気の遣い方はちょっとしたものだった。
いや、違うな。そういう言い方はフェアじゃない。
彼女の手紙を読むといつも安らかな気持ちになれたんだ。唐突な、そして確実な別れに涙を流した時でさえも。
春代を忘れられるわけがなかった。
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今までの記憶をひとしきり振り返ると、僕はおもむろに封を開けた。
封筒へ涙をこぼした。
まるで三年分の空気をいっぺんに吸い込んだような顔で。
もどかしさのあまり、ちょっと乱暴に手紙を開きながら。
「 リュウタロウ……ラクゴ……ザンマイ…? 」
呟いてから、思わず振り向く。誰もいない。
何だ、これは?
訳のわからないフライヤーの他に、何か入ってないか調べるが何も挟まってはいない。
もう一度あたりを見回してから、僕は絶望的に呟く。
「 誰だよ、勝手に住所教えたヤツ! 」
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白い野良猫が尻尾を立ててそばを通り過ぎていった。
虚ろに路上を見つめながら、僕はいつまでも立ち尽くしていた。
★『柳太郎 落語ざんまい』
2013年3月22日(金) 午後5時開場、午後5時30分開演
場所:お江戸日本橋亭
入場料:前売1500円、当日2000円
◆柳太郎出演時間:午後7時過ぎ、午後8時前の2回出演
出演:春風亭柳太郎
新山真理
桂枝太郎
昔昔亭桃之助
ゲスト:桂小南治
★『日本橋亭 慎太郎の会』
2013年3月26日(火) 午後5時開場、午後5時30分開演
場所:お江戸日本橋亭
入場料:前売1500円、当日2000円
◆柳太郎出演時間:午後7時過ぎ